大判例

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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3085号 判決

原告

中谷勝一

ほか四名

被告

西岡敏一

ほか一名

主文

被告らは各自、原告中谷勝一に対し金三六〇、〇〇〇円、原告中谷素之、同中谷多恵子、同中谷純子、同矢倉直子に対しそれぞれ各金五、〇〇〇円、及びこれらに対する昭和四一年一月二日以降右各支払いずみまで年五分の割合に対する金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担、その余を原告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

ただし被告らが原告中谷勝一に対し各自金一八〇、〇〇〇円の担保を供するときはそれぞれその仮執行を免れることができる。

事実

(本訴申立)

「被告らは連帯して、原告中谷勝一に対し金五四〇、〇〇〇円、その余の原告らに対しそれぞれ各金一〇〇、〇〇〇円、及びこれらに対する昭和四一年一月二日以降右支払いずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決及び仮執行宣言。

(争いのない事実)

一、本件交通事故発生

発生時 昭和四一年一月一日午後七時過ごろ

発生地 兵庫県城崎郡日高町久斗六七四番地先県道上

事故車 五九年式ダツトサン小型四輪貨物自動車兵四の七三六二号

運転者 被告西岡貞子

被害車 四〇年式コロナハードトツプ普通四輪乗用車。被告中谷素之運転

態様 事故車と被害車が対向商合する際接触した。

二、責任原因

被告西岡敏一は、日高興産なる名称で運送業を営み、その妻である被告西岡貞子を右事業に従事させているものであるところ、その事業のため、その所有にかかる前記事故車を被告貞子が運転していた。

(争点)

一、原告の主張

(一)事故の態様及び被告貞子の過失

前記被告車両は原告中谷勝一の所有で、当時前記運転者の他、原告中谷多恵子、同純子、同矢倉直子が同乗し、神鍋スキー場に向い進行していたところ、被告貞子は、当日は前記道路上に雪が積つていたので、速力をゆるめいつでも安全に停止できるような態勢で運転しなければならないのに拘らず、右注意義務を怠り、前記事故車を運転して可成りの高速をもつて下り坂を急行し、かつ原告車両とすれ違つた際急にブレーキを踏んで停止しようとしたためスリツプし、その車の後部を原告車両の右側面に強打接触させ、その場に同車両を横転させた。

(二)損害

本件事故により原告らは次のとおり損害を蒙つた。

(1)原告中谷勝一について、

(イ)被害車両は当時約八七〇、〇〇〇円の価格を有していたものであるところ、本件事故により右前フエンダー後部、右側ドアー一枚、左前フエンダー並びにバンバーが中破したため、金五三〇、〇〇〇円にしか評価されないものとなつたので、差引三四〇、〇〇〇円相当の損害を受けた。

(ロ)原告勝一は貸ビル業を営み、被害車両をその営業に使用していたところ、本件事故のための昭和四一年一月以降同四月末日までその使用ができずタクシーを利用せざるを得なくなり、一ケ月二十五日間一日当り金二、〇〇〇円の割による計金二〇〇、〇〇〇円の支出を余儀なくされた。

(2)その余の原告らについて、

原告中谷素之は頭部打撲、同中谷多恵子は左腹部強打、同中谷純子は左前額部強打、同矢倉直子は左側頭部並びに肩、腰強打のそれぞれ全治一ないし二週間を要する傷害を受け、かつ生命の危険を身を以て体験したので、その慰藉料として各金一〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)よつて被告西岡敏一に対しては、原告勝一の損害につき民法七一五条、その余の原告らの損害につき自賠法三条によつて、被告貞子に対しては民法七〇九条によつて、各自原告らに対し前記損害の賠償とこれに対する不法行為の日の翌日たる昭和四一年一月二日以降支払いずみまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の主張

(一)本件事故現場附近の県道は、幅員五・四メートルあり、当時同路面両側部には高さ二〇センチメートル以上、幅それぞれ数十センチメートル位の積雪があつたため、路面中央部の空いている通行可能部分は約四メートル位であつた。そして右中央部も通行車両のタイヤで踏み固められた五センチメートル位の積雪があり、牡丹雪がさかんに降続いていた。又現場附近は両側に人家が立並んでおり、上り坂若しくは下り坂という程の勾配は認められない平担な直線の舗装路であつた。このような積雪降雪状態の道路で自動車が対向商合する場合には、自動車運転者は、速力を緩めいつでも安全に停止できような体勢で運転しなければならず、時に通行可能の道路中央部分が著しく狭ばめられ、かつ雪が踏み固められて滑り易くなつているのであるから、すれ違いに車体が接触せぬよう安全な控え目な運転をなす注意義務があるものというべきである。被告貞子は本件事故車を運転して時速約二〇ないし二五キロメートルで事故現場附近に差しかかり、本件被害者の接近を認めるや、自車の左側車輪が道路側の積雪の中へ踏込んだ形で徐行して右被害車と商合しようとした。しかるに原告素之運転の被害車は、時速四〇キロメートル以上のまま、事故車が早目に左側に寄つて避けたのをよいことに同車すれすれに進行して来たので、被告貞子は危険を感じて急制動をかけたが、その際事故車の後尾が僅かに右に触れたのに、被害車車体右側部が僅かに接触し、減速除行せず、安全運転の注意を怠つていた被害車は、狼敗してやや左にハンドルを切りつつ約一〇メートル突進し道路左側溝に車体左前部を突込ませたのである。原告らは事故車の強打接触によつて被告車が横転したというが、「強打接触」が原因で普通四輪自動車が転覆する筈がない。以上で明らかな如く被告貞子の運転には何らの過失はなく、本件事故は原告素之の一方的な過失に基くものである。

(二)当時原告らによれば車両破損の修理代は約六三、〇〇〇円ということであつたが、被告に賠償する責任はないので請求に応じられない旨述べたところ、本訴に至つて法外な要求及んでおり、被告らとしては「当り屋」に当られた印象さえ受けている。その他の原告らの損害額も争う。

〔証拠関係略〕

理由

(争点に対する判断)

一、当事本件事故現場付近の県道(幅員約五・四メートル)は、路面両側部分にそれぞれ幅二〇センチメートル程に約二〇ないし三〇センチメートル位の積雪があり、その余の中央部分は、その雪が通行車両のタイヤで踏み固められていて車両の通常の通行は右中央部分による他はなかつた。そして牡丹雪がさかんに降り続いていて自動車の通つたタイヤのあとが真白くなつてすぐ見えなくなる程であつた。ところで本件被告車両は原告中谷勝一の所有で、当時運転者原告中谷素之の他、同中谷多恵子、同中谷純子、同矢倉直子が乗車し、道路左端から二―三〇センチメートル間隔を置いて、時速二〇ないし二五キロメートル位で、神鍋方向に向け本件事現故場付近に差しかかつた

一方被告貞子は本件事故車を運転して時速二〇ないし二五キロメートルで反対方向から本件現場にさしかかり、前方に被害車両を認めて、稍車体を左に寄せ、左側車輪が前記道側部分の積雪に踏込む状態で進行したが、被害車両との商合に接触の危険があるように感じ急ブレーキをかけたところ、雪道のため車体後部が横滑りして道路中央方向に振出した結果、同後部が折柄同車と商合しようとしていた被害車両の右前部と接触し、この瞬間ハンドルを左に切り、急制動をかけた被害車両は横滑りして道路左側端側溝にその左前輪を陥らせた。〔証拠略〕

そうとすれば、前記のような道路状態において、時速二〇ないし二五キロメートルで進行する車両に急制動をかけるならば、車体が雪道のためスリツプして横滑りする危険のあることは充分予測しうるところであり、かつ、降りしきる雪のため商合の間隔の目測が充分でないことも当然考えうるのであるから、かかる場合の自動車運転者としては予め減速除行していつでも安全に停止しうるような体勢で運転し、かつ、急制動をかける場合にもできうる限りハンドルを左にきりつつこれをなすべき(道側部分は中央部分より高くなつている訳であるが、それが積雪であること、高さも二〇ないし三〇糎程度であること、事実被告貞子は前記のように左側車輪を積雪部分に踏みこませて運転していたことなどを考えると、なお或る程度ハンドルを左に切ることが困難であるとは認められない)注意義務があるといわねばならないところ、被告貞子にはこれを怠つた過失があることは明らかである。

二、本件事故により原告らの蒙つた損害は次のとおり。

(1)原告勝一について

(イ)被害車両は原告勝之が昭和四〇年八月末頃九七〇、〇〇〇円で買入れた新車であつて、昼間は貸ビル業を営む原告勝之がその業務に使用し、以後は原告素之が通勤用に利用していたものであつたから、本件事故に至るまでの約四ケ月間の償却額を約一割とみて、本件事故当時八七〇、〇〇〇円の価格を有していたものと認められるところ、本件事故により右ドアー、左前部フエンダー、バンバーなどを破損した結果、性能が低下し、五三〇、〇〇〇円の価格しか有さないものとなつた。従つてその差額たる三四〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つた。〔証拠略〕

(ロ)原告勝一は、貸ビル業を営み被害車両をその営業に使用していたところ、本件事故のため昭和四一年一月以降四月末日までその使用ができず、その間タクシー利用により支出した費用相当の損害を蒙つた旨主張し、右主張に添う原告勝一、同素之各本人尋問の結果もあるが、本件事故の態様並びに破損の部位程度に鑑み、示談交渉もしくは賠償請求訴訟のため本件事故車を現状のまま保存しておかねばならぬ必然性は認められずこれによりその間に生じた費用を本件事故と相当因果関係ある損害とは認め難い。

尤も、前記破損部分の修理には一週間ないし一〇日位が必要であつたところ、原告勝一は本件事故車破損後暫らくは代替車としてタクシーを利用し、一日当り二、〇〇〇円程度の支出を要したので、前記修理必要期間一〇日間、一日当り二、〇〇〇円の割による計二〇、〇〇〇円はなおこれを本件事故による損害と認めるのが相当である。〔証拠略〕

(2)その余の原告らについて

本件事故により各次の傷害を受けた。(イ)原告素之は頭部を打撲し、瘤が生じたが、約五日で治癒した。(ロ)同多恵子は腰部腹部を打撲し、腰部はそのとき痛いだけであり、その余の痛みも一週間位で治癒した。青ずんだ打撲痕は却々消えなかつた。(ハ)同純子は前額部を打つて瘤を生じ、又眼鏡の際のところに赤い痣を生じた。瘤は二週間位で消失したが痣は一ケ月位消えず、かつ眼鏡で擦れるため傷がついて長く痛みを覚えた。(ニ)同矢倉直子は左側頭部に瘤を生じ、又肩及び腰を打つた。完全に治癒するのに二週間位要した。

神鍋にスキーに行く途次であつたが、いずれも本件事故後神鍋に赴いて一泊し、翌日はスキー場まで徒歩で登つたがスキーをするには至らなかつた。同日も同地に一泊し、翌日午前出発帰阪した。前記傷害につき医師の診療を受けたものはいない。

右原告らが本件事故に遭遇して驚愕を喫したであろうことは察するに難くない。これらの諸点を勘案すると、右各原告らに対する慰藉料額は各金五、〇〇〇円が相当である。〔証拠略〕

三、そうすると被告西岡敏一は、民法七一五条により、同西岡貞子は同七〇九条により、各自、原告勝一に対し三六〇、〇〇〇円、その余の原告らに対しそれぞれ各五、〇〇〇円、及びこれらに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四一年一月二日以降右各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきだから原告らの本訴請求は右限度において正当としてこれを認容し、その余を棄却すべく、よつて民訴法九二条九三条一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宣兄)

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